紅葉は?

用事で山の方へ行ったついでに、1000m級の山までドライブ。
151025d.jpg 

151025c.jpg 

151025f.jpg 
紅葉狩りのつもりでしたが、こんな感じでした。

スポンサーサイト

野道を色づける

151023a.jpg 
秋の野を食い尽くしてるセイタカアワダチソウ
この外来の花も今は日本の秋の風景

151023d.jpg 
ツワブキの花はひっそりと野道を色づけて

151023b.jpg 
紅葉したヒメツルソバの葉


151023c.jpg 
このピラカンサの実の色は橙色系
 

アケビ シイタケ シュウメイギク

山の家へ行って生垣付近の草引きをしていると、こんな物が。
151017a.jpg 
一瞬、キノコかなと思いましたが、すぐにアケビと気づきました。

裏返してみると、
151017b.jpg 
ぽっかりと割れて、実がぎっしりと。
子どもの頃は、こういうのを見つけると嬉しくて、早速かぶりついたものです。

今日は、これ以外に思いがけない収穫がありました。
151017d.jpg 
シイタケです。

151017f.jpg 
箱いっぱい採れました。この時期にこれほど生えるのは珍しい。

冷凍する時は、1日~2日ほど日に干してから冷凍すると生シイタケの感じも残るし、冷凍庫であまりかさ張りません。



151017e.jpg 
手入れをしていませんでしたが、秋明菊も、ちゃんと咲いています。

紀伊大島

和歌山県串本町の紀伊大島へ行きました。
ここの島民は、明治時代、トルコの軍艦「エルトゥールル号」の遭難者の救助をし、日本とトルコの友好関係を深める基となったそうです。


1985年、イラン・イラク戦争の時、サダム・フセイン大統領は48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は無差別に攻撃すると突如宣言しました。イランにいた在留外国人は一斉に出国しました。しかし在留日本人を乗せてくれる飛行機はありませんでした。
タイムリミットが迫る中、2機のトルコの航空機がテヘランの空港に降り立ち、日本人を救出したのでした。
当時、なぜトルコがそこまでやってくれたのか日本政府もマスコミよくわからなかったが、その後駐日トルコ大使が短いコメントを発表したそうです。「エルトゥールル号の借りを返しただけだ。」と。このエルトゥールル号の話はトルコでは学校の教科書で教えられているそうです。
(以上は地方紙やネットで調べた情報です。)
151015a.jpg 

151015b.jpg 

151015c.jpg

151015d.jpg 

この灯台の真下の海が遭難現場です。
151015e.jpg 

近くに「トルコ記念館」もあり、充実した内容の展示品がありました。最近になって遭難現場で引き揚げられた品々も展示されています。
ものすごく大きな銅製の鍋もありました。

これにまつわる話が「海難1890」として映画化され、12月5日に公開されるそうです。
日本とトルコの合作映画で、キャストは内野聖陽、忽那汐里などです。公開が楽しみです。

もっと泣きたい

治療で通っている歯科医院は、診察室が個室になっていて、治療中、他の患者さんと出会うことはない。
お医者さんと歯科衛生士の方が各個室を行き来して治療している。
歯科医はさわやかな感じの40歳前後くらいの女性で、歯科衛生士もみんな若い女性である。
各部屋を掛け持ちで治療しているので、大声で連絡を取り合っていることもある。
医師は、スタッフに指示を出しながらせわしなく部屋を回って治療する。
診察台で仰向けになりながら、いつも気になることがある。
「この先生、今は、若いからいいけれど、年をとってきたら、こんなに自分が移動しながら治療しなければならないのはしんどくなるのとちがう?」と。

ところで、今日は、別の部屋からずっと泣き叫んでいる小さい子どもの声が聞こえていた。
まあ、歯医者さんで、素直に口を開けて、治療させてくれる小さい子もそういないだろうが、とにかく相当長い時間泣いて暴れている感じだった。
さて、自分の治療が終わって、待合室で会計を待っていると、その子がお母さんに抱っこされてやってきた。男の子だった。
その時は、もう泣き止んでいた。

お母さん : よくがんばったね。

男の子  : ぼく、がんばってない。泣いたもん。

お母さん : じゃあ、今度は、がんばる?

男の子  : ううん。もっと泣きたい!

なんとも可愛い坊やの返答でした。

本日、曇天、釣果あり

151010b.jpg 
チヌ、アイゴ、タイ、グレ(メジナ)
大きさも、まずまずです。

151010a.jpg 
30cmほどの鯛は、今夜のおかずにします。

相棒が釣ってきました。
家のすぐそばの磯ですが、今日は胴長靴がないと渡れない岩場です。


 





 

マツタケの思い出

産直店で立派なマツタケ一本が14000円で売りに出ていた。
地元の山で採れたものだそうだ。
買う人がいるのだろうか?
あのマツタケは売れたのかと今日も気になる。
匂いだけでも嗅いできたらよかった、と、ちょっとケチな後悔をしている。

シイタケやシメジやエノキタケなど、これほどいろいろのキノコが人工栽培されるようになったのに、なぜ未だにマツタケの人工栽培は成功していないのだろう?

私が子どもの頃は、近所の年上の男の子たちは遊びでマツタケを採ってきていた。
採ったマツタケを何本も、シダの茎に刺しているのを見かけた記憶がある。
私も一度近くの山へ連れて行ってもらったことがあり、1本見つけて採ったのを覚えている。

山育ちの夫も小学生のころ、愉快な体験をしたそうだ。
当時は、山の持ち主も鷹揚で地域の人が山へ入ってキノコを採ったりするのを咎めたりはしなかったし、自分の持ち山で採ってきたマツタケを買ってくれたりもしたそうだ。
ある日、両親が夫と彼の兄をマツタケを採りに山へ連れて行ったそうだ。
兄弟は、そのうち飽きてきて、ターザンごっこをして遊んでいた。
彼はターザンごっこに夢中になっているうちに、木から落ちて、斜面を転がり落ちた。

そして、なんということでしょう。

転がり落ちて尻餅をついた所にマツタケがぎっしりと生えているのを発見しました

半畳くらいの広さの所だったそうです。

以後、其処が彼の「マツタケのねや(マツタケが生える場所)」になった。

昔から、「マツタケのねや」は、死の床でも、他人には教えないと言われています。

夕方の釣り

日没前の40分ほど釣りに行きました。

太陽が真横から顔にあたるのでタオルで頬かむりです。

今日の陽射しは、かなりきつかったです。

151003c.jpg 
夕焼けがきれい

151003b.jpg 
海面が赤く染まり、朱色の浮きを見失いそうになります。

151003a.jpg 
私が釣ったのはこれだけです。グレとガシラ

あと、毒があり食べたら死ぬから「北枕(死んだ人の頭を北に向ける)」と呼ばれているフグの仲間も釣りましたが、夫に針からはずしてもらい逃がしました。

ベラも釣りましたが、これもリリース。

ベラは毒はないけれど、おいしくないから、いつもリリースです。

エアバッグのリコール

オイル交換をしてもらおうと、車を買った販売店へ行った。

整備員さんが待合室へやって来て、エアバッグのリコールの対象になっている車なので、更に20分ほどお時間を頂けますかとのこと。

そういえばタカタ製のエアバッグの不具合が報道されていた頃、自分の車も対象の車であることを、その時は認識していた。

何万台も対象になっていることだから、順次、連絡がくるだろうと思っていた。

やがて、報道が下火になるとともに、そんなこともすっかり忘れていたのだ。

ということで、今日、自分の車のエアバッグのリコール対策は終了した。

オイル交換を販売店でしていなかったら、この車のリコール対策はどうなっていたのだろうと、ちょっと疑問に思った。

まあ、多分、そのうち順番が来れば連絡をしてくれたのだろうと善意に解釈しておこう。

ウンテンセキSRSインフレ―ター交換 と、納品書に書かれていた。


 151001a.jpg
プロフィール

nobotanさん

Author:nobotanさん
リタイアして早や云年目。時間だけはゆとりがあります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

いろいろ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR